緑内障での視神経保護作用薬の話
神戸大学中村誠教授の講演を聴きましたので、以下に概略を述べます。(@2022/3/5の神戸市立医療センター中央市民病院眼科オープンカンファレンス)
点眼薬のアイファガンやキサラタンに視神経保護作用があることは知られているが、「ニコチンアミド(=VB3)の内服にも保護作用がある」ことが動物実験や臨床試験で示された。
動物実験
ニコチンアミドが、上図左の二つの代謝サイクルを回った後、NADHがでてくる。このNADHが、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化(←ATPを作る過程)で発生する様々な活性酸素に対する保護作用を有する。
上図中のNicotinamide mononucleotideというのは、今井眞一郎教授で有目になったNMNという抗加齢物質である。今、VB3が抗加齢とか神経保護におけるHotSpotなのだと認識させられる。
臨床試験
「ニコチンアミド1日1~3g+ピルビン酸1.5g~3g内服」したところ、視野増悪が有意に抑えられたという臨床試験(約1年)である。
何故、ニコチンアミドに加えてピルビン酸を加えているかというと、
上記の神経細胞内の代謝図に示すように、ピルビン酸はほぼ自由に乳酸と置換される。この乳酸はグルコースを介さずにTCAサイクルに取り込まれ直接的な栄養源となる。この乳酸が再びピルビン酸に戻されるときNADHが発生し、視神経保護作用を発生する。即ち、中枢神経系においては、グルコースは悪者で、乳酸こそが直接的にエネルギーを産み出し、かつ、視神経保護作用を有する物質である。
このあたりの議論も、アルツハイマーは脳の糖尿病とか、ケトン体が認知症対策に有効といった話題と通底するものがある。
以上より、私の感想。
1.ニコチンアミド(VB3)や乳酸・ピルビン酸内服が緑内障視野の進行予防に有効だというランダム化前向き臨床治験を行い、一般開業医が用いうるエビデンスを提供していただきたい。
2.緑内障での視神経保護と、認知症予防や抗加齢は不可分の関係にある。
3.抗加齢目的でも高価なNicotinamide mononucleotideではなく、ニコチンアミド(VB3)や乳酸・ピルビン酸でいいんでは?
老眼対策の点眼薬(体験談)
老眼対策のVUITY™ (pilocarpine HCI ophthalmic solution) の記事は、反響が大きかったので、被験者約1名(女性、軽度老眼、正視眼)に、自費診療で体験してもらった。
遠近両用コンタクトの場合にはどうしても遠方視時のWaxyVision(ぼやけた見え方)が気になるということだったので、
- +0.5Dのコンタクト+1.0%サンピロ
- +1.0Dのコンタクト+1.0%サンピロ
を比較してもらった。
彼女の感想は、以下の通りです。
★+0.5遠視用レンズ & 1.0%ピロカルピン
(近く)
そこそこ見える。
裸眼でPCモニターやスマホもある程度見える。
小さい字は見えない。(遠く)
少しぼやけるが問題ないレベル。
運転も問題なし。(トータル)
遠近両用コンタクトレンズの近くも遠くももやのかかったような感じがなく自然にちかい。
1年前の老眼の進み具合に戻った感じ。★+1.0遠視用レンズ & 1.0%ピロカルピン
(近く)
くっきりはっきりめちゃくちゃよく見える。
遠近両用コンタクトレンズ(+2.50)よりも断然よく見える。(遠く)
かなりぼやける。視力としては0.4か0.5くらいの印象。
運転できるけど、やや不安な感じ。遠近両用コンタクトレンズの遠くの見え方よりも劣る。(トータル)
完全デスクワークで電車通勤ならいいと思う。
+0.5遠視用レンズ & 1.0%ピロカルピン が、具合良いようです。
トライアルご希望の方は、お申し付けください。←自費診療扱いとなります。
眼科医からみたハムラ法
加齢に伴い、眼瞼下垂を起こすと同時に下眼瞼弛緩が起こる。ただし、上眼瞼下垂は、視野障害、眼精疲労を起こすが、下眼瞼弛緩は視機能に影響がでない。
そのため、眼科で下眼瞼弛緩を治す医者はほぼいない。そもそも、保険点数が存在しない[1]。
私も、上眼瞼挙筋短縮術や二重瞼形成は、数多く執刀してきたし、矯正の仕方や事前の同定・測定については一家言も二家言も持ってるつもりだ。しかし、下眼瞼の矯正については、ほとんど知識がないので調べてみた。
美容整形の範疇になるため、○○法とか××法とか△△変法が乱立状態で、各クリニック独自の宣伝文言も多く本質が見えずらい。
そこで、この分野の嚆矢とされるハムラ法原著[2] Arcus Marginalis Release and and Orbital Fat Preservation in Midface Rejuvenation(1995年)を読んでみた。
超簡単に要約すると以下の通り。
・従来、下眼瞼たるみには脂肪除去が行われてきたが、術後は余計くぼみ、「手術しました」感がでてしまう。
・眼輪筋を持ち上げて縫着してみたが、不十分であった。
・眼窩隔膜(≒眼輪筋)の下眼瞼縁骨膜付着部を切開(Arcus Marginalis Release)することによって、この「くぼみ感」をなくすことができるこことを発見した!
・切開後にでてくる脂肪を下眼瞼縁の下方に縫着すると、さらに若返り感がでることが分かった。
なるほどなー。下眼瞼縁がくぼみを形成するのであれば、切開して開放するという点がハムラ法のgeniusな点であり、さればこそ、これだけ喧伝される術式となりえたのであろう。
しかし、この術式は下眼瞼縁がもつ重要な役割、つまり眼輪筋を含む眼窩隔膜が脆弱となった場合に、その決壊を支える最後のアンカリングポイントという保護機能を外してしまう。最後の砦というか堰をきってしまう術式であり、下眼瞼の外反をきたすであろうとは容易に想像できる。
つまり、美容的な面を重要視するあまり、下眼瞼や瞼板、眼窩隔膜のもつ解剖学的、医学的意義を軽視しているようにみえる。
眼瞼挙筋短縮術の場合には過矯正気味にしても、重力によりやがて瞼は下がってくるが、このハムラ法は少しでも過剰に手術すると外反が発生し、そのまま戻らないという危険性を内包する。
この致命的欠陥を改善するために、さまざまな変法が考案されているようなので、眼科医の視点から見て評価に値する変法なのか、次回以降検証したい。
1.2022/4/1より眼瞼下制筋前転法が、眼瞼内反症の手術として保険点数として収載されます。
2.Hamra ST:Arcus Marginalis Release and and Orbital Fat Preservation in Midface Rejuvenation. Plast Reconstr Surg.96:p.354-362.1995
近視性後天性内斜視について
2022/2/19第19回近畿弱視斜視アフタヌーンセミナーで京都府立医大の稗田 牧先生の講演を聞きました。
定義は
- 潜在性発症
- 遠方内斜位斜視
- 若年者
- 近視
- 長期の近業、近視の低矯正
ということです。
近視が進行することにより、眼軸長が伸び、外直筋や斜筋の付着部が後方にずれることによって、後転手術と同じよう効果が発生し、内斜視となるとのことでした。
そのほか、
近見作業時の距離が短く(20cmくらい)、遠方を明視する機会がすくない生活習慣で発生する。
2000年代には少なかったが、10代でのスマホ所有率が50%をこした2013年ごろから急激に増えた。
-6Dくらいの近視でも発生する。
20△を超すと、プリズム眼鏡か手術治療を選択する。
スマホ急性内斜視と類縁疾患な印象だが、スマホ急性内斜視と違ってゆっくり進行すること、調節痙攣というよりは眼軸長の延伸による器質的変化が生じている点から、異なるentityなのか?と感じた。
今までの教科書的知識では、内斜視といえば乳児内斜視と(遠視由来の)調節性内斜視が2大要因だったが、今後は、近視によるスマホ急性内斜視と近視性後天性内斜視も考慮する必要がある。特にAYA世代。
サギングアイ症候群について
先週、自分は
と同年代といったが、絵心のある娘が
を描いてくれた。
波平よりは保ってるかな~。
ただ、目の周り、特に下方部位がたるんでくるのは如何ともしがたい。この弛緩してたるむことをsagと英語では表現する。
表題のサギングという分かりにくいカタカナはsaggingが正体です。
「ガッテン」という番組でやっていたので、自分が該当するか調べてほしいという患者さんから御依頼があったので、この疾患について調べてみた。
この文献とかここによると、要するに「加齢に伴い、眼球回りの直筋、斜筋、コラーゲンなどの支持組織が弛緩してたるむ、つまり文字通りsagをきたすことによって、開散麻痺が発生し10△以下の内斜視、上下斜視を起こす」という疾患らしい。「ガッテン」では「眼科医の中でも、1年ほど前に周知されたばかり」とある。
こういう疾患名がついてたことは初めて知った。しかし従前から、ご高齢の方で、「最近両眼で見た場合にのみ物が二重に見える」→「眼球運動障害の可能性があるので、MRIとりましょう」ということは数々あった。もちろん頭蓋内病変が検出されたことはほぼない。
今後は「サギングアイ症候群かもしれないが、念のため頭蓋内病変も否定しておきましょう」と説明する必要があるな。。
「ガッテン」という番組は終了との由だが、このような疾患を取り上げるということ自体ネタ切れ状態だったのかと、苦衷お察し申し上げる。
眼科医サージャンの寿命
「新春随想寅年生まれ」日本の眼科2022年1月号を読んだ。
私も、すでに
と同年代で、イオンに買い物に行くと、GGカードどうすか?と言われる今日この頃である。しかし、清水公也先生は72歳でいまだにバリバリ手術されているそうだ。僕が見習いのころ、当時珍しかったライブサージェリーをやってのけ、そのビデオ映像を100回以上は見たっけ。
永原國宏御大も、お元気にやっておられる。横浜のF先生も一向に衰えていないようである。
私もそうした大先輩を見習って、今までの経験を還元し「も~、いーかげんにしなはれ!」といわれるまでサージャンを続けていきたいと、心から願っている。
アイハンス眼内レンズの早期レポート
以前、告知したように、当院では積極的にアイハンス眼内レンズを採用している。
そこで、先日アイハンスを挿入した患者さんの遠見視力、中間視力、グレア・ハローの有無をアンケートしたので記載する。
遠見視力が改善しているのは当然だが、中間視力の改善もかなりみられる。ハローグレアについては一名のみ訴えたが、この人は術前から同様の症状があったのでアイハンス眼内レンズとは別の要因が働いているかもしれない。
レンティスコンフォートを入れた場合は、夜間運転時のハローグレアを訴える人がそこそこいたので、実感としてこのレンズは使いやすいと感じる。
2022年の当院の展望(近視治療編)
当院はすでに、「アトロピン点眼、オルソケラトロジー2大メーカー取り扱い、EDoF型コンタクトレンズ採用」と他クリニック以上のオプションを提示しております。
以前は、アトロピン点眼かオルソケラトロジーの2択パターンが殆どだったが、EDoF型コンタクトレンズを採用して以来、「夜間装用は嫌だ」「どうしてもオルソレンズが合わない」「自費診療ではなく、保険診療でやりたい」という患者さんにも対応できるようになった。
また、近年、アトロピン点眼とオルソケラトロジーの併用が抑止効果を高める[1][2]という論文がでてきている。今までは、併用療法は効果があるだろうがエビデンスが希薄だったが、かなりの自信をもって併用療法をお勧めることができるようになった。
選択肢が増えた結果、当院としてもそれらの呈示や組み合わせに工夫を凝らし、患者さんにベストな提示をしていきたいと考えている次第。